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クラシル・パーソナライゼーションの歩み

はじめに

こんにちは。 機械学習エンジニアの辻です。

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さて本日は「クラシル・パーソナライゼーションの歩み」ということで、クラシルをよくご利用頂いているユーザに対してよりいっそう良いコンテンツを提供していくために、パーソナライゼーションの取り組みに力をいれています。そこで、これまでに取り組んできたさまざまな施策に関して考えてきたことやフィードバックから学んだこと、そして、今後どのように進めて行こうとしているのかということについて、過去から未来への歩みとして少しご紹介したいと思っています。

目次

パーソナライゼーション以前の課題感

昨年6月までクラシルで配信しているレシピ動画として主におすすめしていたものは、いわゆるルールベースの「Most Popular推薦」という選出方法によるものだけでした。このMost Popular推薦とは、非常にシンプルなスコアリングモデルで、たとえばクリック数やお気に入り数の集計結果をベースに、いくつかの独自ルールを盛り込んでスコア化し、そのスコアの高いものから順に選出していくというもので、推薦されるレシピは全ユーザーに対して同じものとなります。この方法をざっくりいえば、「たくさんの人が好きなレシピは、たくさんの人が好きなはずでしょ?」ということなので、ある意味で理にかなっているといえます。しかしこれだけですと、クラシルをよく利用して頂いているヘビーユーザにとっては、代わり映えしない提案だったり、お気に入り済みなのに何度も勧めてきてクドいなぁと感じられることも多々あるかと思います。あるいはまた、何か苦手な食材があるユーザに対してまったく故意ではないにせよ、その苦手食材を毎回おすすめしてしまっていては、続けて使って行こうなんてきっと思って頂けないと思います。

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それから、このMost Popular推薦のルール変更についても当時は定性的な判断によるもので、例えばこのルールを追加したらCTRが0.3%向上した、あるいはこの施策によってCTRが0.5%下がったなどといったように、ユーザ行動における詳細な相関分析や因子分析を行わないまま、微細な数値の増減だけに翻弄される日々を過ごしていました。今にして思えば、これこそまさにノーフリーランチ定理だったのです。すべてのユーザ標本にとって最大極値を探索するような汎用アルゴリズムは、全ての可能なコスト関数に適用した結果を平均するのと同じ性能になってしまっていたわけです。

ノーフリーランチ定理 f:id:long10:20190121112708g:plain

この状況を打開すべく、まずは特殊用途に最適化するために全ユーザ標本に対してクラスタリングを行い、最適化すべき定義域を局所化することから始めました。これにより、分類した各クラスターの基礎統計を観察してみたところ、それぞれに特色のようなものが現れ始めたので、この特色を定量化すべく主成分分析や因子分析を行い寄与率の高い特徴量を探索して絞り込んでいくことができました。

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そして、このクラスター毎のMost Popular推薦のルールを作成しそれぞれに適用することで、全ユーザ標本に対してのMost Popular推薦と比較しても格段に高い結果を得ることができました。さらにまた、強調フィルタリングを用いてユーザと動画のスコアリングを行うことでレコメンドエンジンを作成し、パーソナライズド・レコメンドを部分的に適用することができました。(一部のクラスタではCTRが下がるという結果が得られたのですが、そのクラスタには効果がないということが判断できたので、それもまた発見でした。)
中でも、顕著な特性として出てきたのが新奇性に対する反応の違いでした。新奇性とは、目新しさや物珍しさに対する反応のことで、ヘビーユーザの中には新しいレシピを待っていて、出るとすぐにお気に入りするという使い方をされている方がいらして、その方々のパーソナライズド・レコメンドに対する反応が顕著に見られました。しかしその方々の反応は長期間継続せず、それはこのクラスタの方々にとってのレシピの鮮度というのが、配信後からお気に入りするまでの比較的短い期間であるためであることがわかりました。そのため一度お気に入りしてしまうと、おすすめレシピへの興味は急激に減少しCTRが激減するという傾向があったのです。
(以下のグラフでは、緑が各クラスタ、青が全体の平均CTRを現しています)

新奇性が高いクラスターのレコメンドに対する反応遷移

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その一方、調理を重視してクラシルを利用されている方々にとっては新奇性の影響はあまりなく、その反面、パーソナライズド・レコメンドに対する反応もそこまで高くはないという面が見られました。

調理を重視しているクラスターのレコメンドに対する反応遷移

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このような、クラスタの特色を踏まえて理想のレシピ提案を行っています。こちらについては、今後もさらなる精度向上を目指しています。

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エコシステム化

さて、ここまで課題感としてあったレシピ動画のおすすめ提案についての事例をご紹介しましたが、実はレコメンデーション自体は目的ではなく、パーソナライゼーション全体においてはほんの一部に過ぎないと考えています。それというのも、パーソナライゼーションの取り組みを進めていくことで、このおすすめ提案以外にも、様々な機能により利用して頂けば頂くほどユーザからのフィードバックを得られ、より良いサービス提供が可能になると信じているからです。ですので、ここで結果を焦り過ぎてはいけません。まずはこのフィードバックが全体に循環するエコシステム作りこそが優先で、これなくして一時の場当たり的な改善に一喜一憂しては何も得られません。

リーン開発サイクルとフィードバックエコシステム

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クラシルというブランドを理解する

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エコシステム化を進めるにあたって、その根幹にはクラシルというアプリの存在意義があります。この点でクラシルには「ブランドガイド」という指針があり、このコンセプトに反するようなイメージを受け入れることはできません。では、どうでしょうか?機械学習やAIという言葉から受ける印象と、クラシルから受ける印象とは親和性があるでしょうか?これについて定性的な判断は不可能ですが多くの人があまり親和性が高いとはいえないとお考えになるのではないでしょうか?それであれば積極的に全面に出るよりも「あたたかくて、おいしい」にそっと寄り添うようなアプローチを目指すほうが良いと判断しています。(あくまで現時点の個人的な所感に過ぎませんが。)

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データ分析に関する社内への取り組み

先程、ノーフリーランチ定理に触れましたが、やはり、なかなかそれを理解してもらえないという状況もあります。過去の経験やドメイン知識に基づく判断によってルールを場当たり的に変更していけば、いつかそのうちCTRが向上すると頑なに信じている人も中にはいます。仮に過去データに基づき統計的手法で算出した数値を根拠にいくら定量的な検定結果を共有したところで、難しいとか経験によってうまく行ったというハロー効果はなかなか覆し難いのも事実です。このような状況では、分析者側からいたずらに対立関係を作るのではなく、根気強く納得してもらえるまで取り組みに協力して、現実を検証し続けることが大切だと思っています。それでもし運良くすばらしい結果が出れば、より良いMost Popular推薦のルールが発見されたのですからそれはそれで良いことなのです。

こちらの「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?」を読むと統計学の研究者でさえ誤りを犯すことがあるほど、意思決定がいかに曖昧なものか理解できます。

また、社内では以下のような取り組みによって、定量的なデータ分析に基づく共通認識を深めています。

  • サンプルサイズの算出方法を社内共有+推定値の自動算出
  • 分析基盤の構築+運用+改善
  • ユーザ行動ログおよびレシピデータに基づいたEDA分析
  • ダッシュボードによるビジュアライズ
  • 統計学、多変量解析の実践方法を社内にレクチャー
  • SQL勉強会の開催

レシピを考え、作るというプロセス

弊社ではクラシルシェフと呼ばれる料理人の方たちによって日々新しいレシピが考案されています。このレシピを考えるという作業はそれ自体が非常に複雑な最適化問題であるといえます。旬の食材や価格、あるいは余り物があれば優先して使いたいし、家族に子供がいる場合と高齢者がいる場合など家族構成によって様々な配慮が必要です。それに加えクラシルシェフの場合は、世間のトレンドや検索キーワードなど様々な外的要因も考慮しなければならず、また過去に作った多くのレシピともかぶらないものにしなければならないので、レシピの考案まで極めて多くの制約があります。その複雑な作業を少しでもお手伝いできないかと考えて、これらの機械学習を用いたプロセスの改善に取り組んでいます。

  • レシピ考案をお手伝い:いくつかの説明変数からレシピをヒントとして推論する
  • レシピ手順の評価:レシピの手順がネガティブ・ポジティブかを判定して手順を記述する際の判断材料にしてもらう
  • レシピの素性抽出を自動化:レシピに関する様々な素性をルールベースで導出、あるいは推論により抽出し更新・保存する

レシピ動画評価

良いコンテンツは再現したいものの、このコンテンツの良し悪しというのは外的要因に左右されることも多く、また様々なコンテキストによって目的が異なります。再生数が多いほどよいのか?より美味しそうな方が良いのか?あるいは簡単なほどよいのか?など一概に判断が難しいところです。しかしこの「良い動画」をとあるコンテキストにおいて局所的な定量評価することで、より良いコンテンツ作りのサポートができると考えて様々な角度から取り組んでいます。

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献立の最適化問題

クラシルでは、去年の11月に献立機能をリリースしました。レシピでさえ考えるのが複雑であるにもかかわらず、主菜+副菜+汁物という献立を考えるというのは本当に困難な家事と言えます。ですので、この献立についても、主菜に合う副菜、汁物が最適な組み合わせとなるように現在取り組んでいます。

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献立画面

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初回のトレーニングデータのラベル付けについては専門家であるクラシルシェフの皆さんと調理栄養士の方を中心に人海戦術で行いました。現在ではそのトレーニングデータをもとに作成したモデルから最適な組み合わせを推論しています。組み合わせアルゴリズムはナップサック問題のアルゴリズムをベースにした独自実装となっています。

ナップサック問題

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今後はさらに、旬食材や冷蔵庫の余り物、あるいはアレルギー体質などにも考慮し、さらにご利用頂くユーザに寄り添う献立を様々な形で提案していきたいと考えています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?
クラシルにおけるパーソナライゼーションの歩みについてご紹介させていただきました。機械学習やAIというとなんとなく機械的に提案されたレシピを食べるのは嫌だなぁと抵抗のある方もいらっしゃるかもしれませんが、最終的にご提案するのは、クラシルシェフの作った「あたたかくて、おいしい」レシピであって、機械学習やAIはそれにちょっとだけプラスアルファすることで、ご利用頂くユーザのライフスタイルにもっと最適なご提案ができるようなサポート的な存在として寄り添っていきたいと思っております。

さいごに

繰り返しになりますが、
2/6(水)にこのような機械学習のイベントを開催します。今回紹介しました内容以上に実践的なお話ができるかと思いますので、ご興味のある方はぜひお申込みください!
ご来場頂いた方には、弊社の取り組みの中で試行錯誤した「SageMakerの便利スニペット集」をプレゼント致します!こちらのスニペットに対する質問も随時受け付けますので奮ってお申込みください!

bethesun.connpass.com